コラム「似て非なるもの」

2021/03/31
非営利活動法人 設備システム研究会
三木秀樹


TVや新聞の報道を見ていると、技術と技能をゴチャ混ぜにしているのが気になる。報道は言葉を大切にしなきゃいけない、といつも言ってるわりには、いい加減だなぁ。
技術と技能は同じじゃない。技術も技能も「技」を使うのは同じだが、技術は理屈が文字や数字などで表現されていて明解だけど(形式知)、技能はそうではない(暗黙知)。なので、技術は本を読んだりすれば、同じことをすぐマネできる。でも、技能は経験を積まないと、同じことをなかなかマネできない。
私が技術と技能の違いについて考えたのは、数年前だ。そして、この時に、ふと閃いた。設備屋の私は、昔から意匠屋さんに何故か違和感を感じてきたけど、そうだ、これが原因ではないか、と。
建設業界には意匠・構造・設備の区分がある。このうち、意匠は技能の、構造・設備は技術の比重が大きいような気がする。
構造・設備は技術の比重が大きいから、10人居れば10人が同じような答えを出す。なので、同じ答えでなければ、間違いだ。なので、たとえ大先生や大先輩であっても、間違っていれば、若造からでも間違いだと言われる。なので、自然と謙虚になる。
でも、意匠は技能の比重が大きいから、10人居れば10人が同じような答えを出すわけではない。なので、同じ答えじゃなくても、間違いとは言えない。なので、誰も間違っているとは言われない。なので、自然と傲慢になる。って、あくまでも個人の想像ですけどネ。
ともかく、意匠は、あの人もこの人も美人、あるいは、ある人には美人でも別の人には美人じゃない、という世界だ。そして、最後は好き嫌いの世界だ。なので、理屈よりも感性(「思い込み」とも言う)が優先する。若い頃の私は、意匠屋さんの言うことを、理屈でなかなか理解できず、ただボーッと聞いていたように思う。
ただし、設備屋の私は、意匠には全くの素人なので、私が知らないだけで、もしかすると意匠にも技術的な意匠論や意匠法があるのかもしれない。でも、意匠の最終目標はどうやら芸術らしいので、やはり文字や数字などで表現されるようなものではないんじゃないかな。
出典: ニューヨーク近代美術館
写真 私には理解不能なピカソの絵
ところで、設備屋さんって技術の比重が大きいはずだけど、必ずしもそうじゃないところもあったりする。
例えば、施工図教育。私が昔に受けた施工図教育は、大雑把に言うと、良さげな施工図を見せて、これを参考にして書かせる、というものだった。他の人はともかく、私は、何をどのように参考にすればよいのかもわからず、ただボーッと図面を眺めていたように思う。今にして思えば、はたして、これは技術的だったのかな。
美味い料理を食べたからといって、美味い料理を作れる人は、そうはいないだろう。でも、美味い料理のレシピを見れば、美味い料理を作れる人は確実に増えるだろう。レシピとは、名人がアタマの中にある美味い料理を作る知識を文字や数字などで表現したもの、つまり技能を技術にしたものだ。
施工図がなければ現場は成り立たない。それほど施工図は重要なのだから、施工図教育にもレシピがあるべきだ。つまり、より技術的であるべきだ。もしそれが、10人居れば10人が同じ答えを出すわけではない、という技能的なものだと先行きが心配になる。
当会が発行している施工図作成マニュアル、べからず集、ディテール集は、施工図作成のレシピだ。そして、レシピがあることで、技能伝承を効率的にできるようになる。さらに、究極には、これらのマニュアルの内容を全て施工図自動化ソフトの中に取り入れることで、技能伝承すら不要にできる。まぁ、今すぐにとは、いかないだろうけど。
出典: NHKのHP/ プロフェッショナル 仕事の流儀
写真 「おうちごはん第4弾」レシピについて
「ドクターX」とか「何とかの匠」とか「人間国宝」とか、マネができない技能のほうを世の中は評価しがちだ。でも、マネができる技術のほうが世の中に広く恩恵がある。開発途上国が先進国の技術を欲しがるのは、そのためだ。
「技能を表現したら、オレさまの立場がなくなるじゃねーか#」とおっしゃる方も居るかも。でも、レシピのおかげで美味い料理を食べているのであれば、ケチケチせずに、次代の人のために、あなたも一つぐらいレシピを作ってあげないとね。